穴ぼこ生活

穴ぼこの空いた数だけ書き記すお気楽ブログ。穴ぼこ人生ここに極まリ!

美しいものしか見ない国

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民主主義を守るとはどの口が言ってんだというのが、正直な感想だ。
自公政権の歴史とは民主主義を破壊してきた歴史そのものであり、でもって、その中心にいたのが安倍晋三であったことは疑いようのない事実だ。
政権与党の政治家に民主主義を語る資格なぞ無いね。

思い起こせば、穴ぼこオヤジが安倍政権による民主主義国家の崩壊を最初に感じた出来事は、イスラム国の人質となった日本人ジャーナリストに対して見殺し同然とも言える政府の対応を見せつけられた時だった。
政権の意にそわない国民であろうと、全ての国民の身の安全を守るのが国家の務めであるはずなのに、あまりに後ろ向きな政府対応に戦慄を覚え、国民に恐怖や不安を与えることで国の支配を試みようとする安倍政権の本質が垣間見えた瞬間だったと記憶している。
その後にあった、国会の手続きを無視して強引に推し進めた安保法制は憲政史上最大の汚点と言っても過言ではない出来事だったし、更には、公文書の改ざんや破棄を平然と行い、そもそも公文書としてすら記録しないなど、国家と国民の信頼の砦でもある情報公開を棄損する安倍政権の姿勢は民主主義の破壊そのものであったと言わざるをえない。
加えて、国会答弁ではまともに質問に答えず、無駄に時間を浪費したかと思えば、首相自ら野次を飛ばすなど、強行採決は元より国会を空転させたり軽視する姿勢は数知れず。
挙句、街頭演説で総理自ら発した「こんな人たちに負けるわけにはいかない」発言は、まさに国家が国民の分断を煽る象徴的な出来事にもなっている。
中でも一番酷いと思ったのは、障碍者施設で起きた惨劇に際して短いコメントを発しただけの素っ気ない安倍晋三の態度だ。
世界各国の首脳や宗教者が重大な人権問題と捉えて素早い反応を見せ、想いのこもったメッセージを日本に寄せていたのとは、あまりに対照的な対応に愕然とした。
本来なら、総理大臣がやることは、即座に事件現場に駆けつけ哀悼の意を示し、排外主義を全力で否定し、国民の人権と命を守る強いメッセージを国内外に発するべきだったと今でも思っている。
一国のリーダーの自覚があるのなら、嘘でもいいから、そのようなパフォーマンスを普通はするだろうに、事の重大性を理解できていない安倍政権の対応には、呆れを通り越して恐怖と虚しさを感じる他なかったね。
即ち、あの事件の犯人が安倍政権にシンパシーを抱いてたのも、もっともな話だということだ。

こうやって改めて振り返ってみても、つくづく安倍政権は民主主義を破壊し、人権を軽んじ、分断や排外主義を推し進めてきた政権でしかなかった。
政治の思想信条の違い以前のレベルで、民主主義国家としてあるまじき政権だったのが安倍政権なのだと思う。
そして、そんな政権与党にお墨付きを与えてきたのも、有権者による民意であった事実は重い。
政治的な正しさが失われていけば、国や社会が混乱を来し内部から崩壊していくのは当然の成り行きだ。
分断がもたらすものは対話の喪失であり、それによって益々社会的勝者と弱者の格差は鮮明となっていき、そして弱者は孤立を極め、やがて排除されていくのみなのだ。
美しい国を目指すといった安倍晋三だが、敵味方思考に支配され、負のエネルギーが渦巻く社会が、果たして美しい国と言えるのだろうか?
恐らく彼は、自分が美しいと思うものだけしか見ていなかったのだと思う。
そして昨日、彼の死角から放たれた負のエネルギーが詰まった銃弾によって、この世から排除されるという、あまりに皮肉な最後を迎えるのだった。
もし、彼が対話を重んじる政治家だったら、その命は失われずに済んでいたかもしれないと思うのは、穴ぼこオヤジだけだろうか。
いずれにしろ、安倍晋三の死は、彼との対話の機会を永遠に失っただけでなく、民主主義を取り戻す機会も失ったいう意味で、日本社会にとって大きな損失だったと言える。

そして、美しいものしか見ない人々によって安倍晋三は崇められ、民主主義を破壊した悪政は、改ざんや無かったことにされていくことになるのだろうね。

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